【番外編】癒し系・小型真空管アンプⅢ・キット(Soleil mini Ⅲ 5687 シングル真空管アンプ)の試聴感
今回はオルガニートとは違う話ですが、「音楽」「良い響き」という意味では通じるところがある真空管アンプの話題です。
私は30数年前から、趣味で真空管アンプを組み立てて、クラシック音楽を聴くのを楽しみにしてきました。最初は「三栄無線 6B4Gシングル」、続いて「エレキット300Bシングル」、「トライオード300Bパラシングル」、「三栄無線300Bプッシュプル」、「サンバレー211/845シングル」、「自作211シングル 3種類」、「自作6L6プッシュプル」、「自作EL34シングル」、「上杉アンプ EL34シングル」「エレキット2A3シングル」など、思い返してみるとたくさん作ったものです(これがすべてではありません)。その多くはヤフオクで手放して次のアンプの購入資金の足しにしましたが、まだ手元に9台ほど残っています。
特に、直熱三極管シングルの無帰還の音と響きが大好きです。
そんな中、ヤフオクで「癒し系・小型真空管アンプⅢ」というキットを見つけました。5687という双三極管(MT管)2本で構成された無帰還アンプで、シャーシサイズは W140×D212×H42mm という小さなアンプです。設計・販売元は孤狸工房(http://www13.plala.or.jp/ko_danuki/)というところです。
とりわけ、その説明に「市販のアンプは出力が大きすぎて、ボリュームを絞ると、音楽に成らないと言う経験をお持ちの方はぜひ使用してみてください」とあるところに興味を引かれました。自宅で仕事中にBGMとして鳴らすシステムで使いたいからです。今までは、暑い時期は2A3シングル、暑くない時期は211シングルを使っていました。暑い時期に211を使うと、室温が上がりますので…
ヤフオクのトップページから「癒し系・小型真空管アンプ」を検索すると、見つかります。ノーマル・タイプ(NM01)とハイクオリティ・タイプ(HQ01)があります。私が購入したのは Soleil mini III の HQ タイプです。
[いつまでも聴いていたくなる音]
ぜひ聴いてみたいと思い、ヤフオクで購入しました。60サイズの小さな梱包箱で届き、そのコンパクトさに驚きました。詳細な組立説明書のPDFがCD-Rに入れて提供されています。私はPDFをプリントアウトし、それを見ながら製作しました。配線の順序やリード線の長さも記載されていますので、この順番通りに作っていけば、完成します。ただ、真空管まわりはかなり込み入っていますので、手配線のキットを作った経験がないと、作るのは難しいかもしれません。
組立が終わり、音を出してみますと、透明感のあるとても好ましい音でした。ただ、各部の電圧を測定すると、右チャンネルの初段のカソード電圧が標準よりかなり低い値でした。孤狸工房さんにメールで相談したところ、どうやらツェナーダイオードが破損しているようです。不覚にもハンダ付けの熱で私が壊してしまいました。ご親切に交換用のパーツを送ってくださいましたので、無事に完成させることができました。
試聴感: とても透明感があり、滑らかな音です。楽器のリアルさもあり、情報量の多い響きです。余韻が美しいと感じます。小音量でも耳によく届く音だと思います。
ベートーベンの弦楽四重奏を聴くと、コンサートホールの前寄りの位置で聞くような雰囲気です。弦を弓でこすって出している音ということがよく感じられます。ただ、211シングルとよくよく聴き比べてみると、バイオリンの情報量がやや不足し、やや細身で、若干きしむ感じがします。とはいえ、本機の5687は高さ5cmほどのMT管、211は高さ18cmで太さが6cmもある巨大な真空管です。弦楽器のリアルな響きを出すのは211シングルが最も得意とするところだと私は感じていますので、これと比較するのは可哀想かもしれませんね。しかし、5687も三極管ですので、211と同じ傾向の音が出ていると感じます。音量をあまり上げずに聴く分には、遜色のない音が出ます。
バロックのオーボエ協奏曲などを聴きますと、オーボエの甘い音色がとても心地よく響きます。モーツァルトのピアノ協奏曲も魅力的で、ピアノの音と響きがリアルです。
編成の大きいフルオーケストラも難なく鳴らします。コンサートホールの後ろ寄りの席から全体を見わたしながらゆったりした気分で聴いている心地になります。ホールの残響や音場の広がりがよく感じられます。
完成して5日ほど経ちますが、仕事中のBGMはもっぱらこのSoleil mini IIIで聴いています。聴き疲れしない、いつまでも聴いていたくなる音です。すっかり虜 (とりこ)になりました。211シングルは当分お休みになりそうです。
ちなみに、スピーカーは ONKYO の D-308 で、4Ω、出力音圧 80dB ですが、アンプの出力不足は感じませんでした。
[思わぬ副産物: リスニングポジションを選ばない]
このアンプは、チャンネルセパレーションを高める(左右チャンネルのクロストークを減らす)ことを目指した設計になっていて、特に電源回路が非常に贅沢な造りになっています。電源が「モノラル化」されています。電源トランスは1つですが、整流用ダイオードの部分から左右別々の回路になり、チョークコイルも左右別々です。電源トランスと整流回路の接続にも「独自の工夫」が施されています。
設計者とメールをやり取りする中で、興味深いことを教えていただきました。このアンプはリスニングポジションを選ばないとのことです。つまり、スピーカーとリスニングポジションの位置が2等辺三角形の頂点から外れても、真ん中の位置で聴くのと同じ聞こえ方になるというのです。これは、整流回路の「独自の工夫」の思わぬ副産物のようです。
試してみると、確かに、2等辺三角形の頂点から左右にずれても、同じステレオ感が再現されます。驚きました。そして、私はこの聞こえ方がたいへん気に入りました。音を聴くことに集中しないでも、自然と立体的に聞こえるのです。
設計者によると、「電源のモノラル化」の欠点として「センターの音圧が上がらない」とのことです。そして、これを解消する方法も教えていただきました(まだ試していません)。確かに、一般的なアンプよりも再生される音場が左右に広がりますので、今まではスピーカーの中央にいわば団子になって再生されていた音が左右に分散して定位し、センターの音圧が低いように感じるのではないかと思います。
しかし、私の好みでは、これは欠点ではなく、大きなメリットだと思います。どのような原理でこの現象が起きているのかはよくわかりませんが、「百聞は一聴に如かず」、聴いてみれば分かります。
[スペックも優秀]
このアンプの設計者は、スペック(仕様)を高めることよりも、実際に音を聴きながら音質を上げるという方針で回路定数や配線方法などを微調整してきたそうです。そのためなのでしょう、周波数特性などの仕様は公開されていません。
しかし、このような素晴らしい音が鳴るからには、スペックもある程度のレベルに達しているのではないかと思い、測定してみました。日本オーディオのUA-3Sという測定器を使用しました。
最大出力: 0.98w (1KHz、8Ω、THD 10%、840mV 入力時)。
残留ノイズ: ボリュームを完全に絞った状態で測定しました。Rチャンネル 1.10mV、Lチャンネル 1.12mV。JIS-A 聴感補正時は、Rチャンネル 0.38mV、Lチャンネル 0.25mV。
周波数特性: 24Hz~41KHz (-3dB)。さすがに低域の落ち方が若干速いですが、無帰還でこの数字は、立派な特性だと思います。超高域にピークがありますが、211シングル無帰還も同じようなグラフでした。
歪率特性:
歪の内訳: UA-3SのMonitor端子に出力されている歪成分をPCのWaveSpectraで分析すると、2KHz、6KHz、10KHzという、いわゆる偶数次の歪みが検出されました(Lチャンネル、1KHz、出力0.2W時)。これは好ましい音につながると考えられている歪みです。奇数次の歪みは検出されませんでした。
チャンネルセパレーション: 次の方法で測定しました。
RチャンネルからLチャンネルへのクロストークの測定[A]:
Rチャンネル: 発信器の信号を入力。スピーカー端子にダミーロードを接続。
Lチャンネル: 入力をショート。スピーカー端子にダミーロードを接続し、電圧を測定。
LチャンネルからRチャンネルへのクロストークの測定[B]:
Rチャンネル: 入力をショート。スピーカー端子にダミーロードを接続し、電圧を測定。
Lチャンネル: 発信器の信号を入力。スピーカー端子にダミーロードを接続。
測定の際は、発信器の信号が0Vの時の逆チャンネルのスピーカー出力電圧を測定し、次に発信器の出力を0.84Vに上げたときの逆チャンネルの出力電圧(出力0.95W時)を測定し、その差を算出しました。
200Hz~40KHzでは、この方法ではクロストークが検出されませんでした。40Hzでは、上記Aの測定により検出された電圧差が0.25mv、上記Bの電圧差が0.17mVでした。信号を入力したチャンネルのスピーカー出力は0.95W (8Ω) なので2.76Vです。この電圧の比率をデシベルに換算すると、Aは-80dB、Bは-84dBとなります。低域でこの数字は、非常に優秀な結果だと思います。
※ご注意: この投稿の内容はあくまで私が個人的に実施した測定の結果ですので、組み立て方や配線の状況によって個体差がある可能性があることをご承知おきください。
[最後に]
たいへん心地よい音楽を鳴らしてくれる真空管アンプに出会えたこと、とても嬉しく思っています。長文にお付き合いくださり、ありがとうございました。